偉人たちの夢 (107)レーウェンフック

ケーブルテレビでやってるサイエンスチャンネルの番組。
この番組は面白いときとそうでないときの触れ幅がデカイが今回は恐ろしく面白かった。


顕微鏡の発明者は誰かと聞いてすぐさま答えられる人はわりと少ないと思います。
私も知りませんでした。
wikiってみると原理の大本を発見した人はでてきますが、実際に使用に足るデファクトスタンダードというか現在のものにつながる祖先を作ったひとは、ほぼでてきません。
それが、アントニ・ファン・レーウェンフックなる人物だそうな。


レーウェンフックは中流階級のボンですが、成人する前に他のところで呉服業の修行に入り、きちんと商売のイロハを覚えてから地元に戻り、店を持って財を蓄えます。
その蓄えた金で、日夜研究を重ね……だとカッチョイイのですが、貯めた金で人を雇い店は彼らの基本まかせっきりにして、自分は顕微鏡を自作改良することに執心する人生を送ったようです。
顕微鏡でいろんなものをのぞいて楽しむ、そしてそれをスケッチしては人に見せびらかして楽しむ。


現代風に言えば、明らかに小金持ちの有力技術系ブロガーそのものです。


で、その顕微鏡遊びが行き着くとこまで行ってしまい、学者さんにまでみせびらかしたところ、学者経由でイギリスの王立学院だか学会だかの知るところになり、スケッチを手紙でおくったり、学会の方でわざわざ新規に顕微鏡開発してスケッチの中身の真偽の確認をしたりして、最終的に学会のメンバーとして迎え入れられたとか。


自分の好きなことをやってただけなのに、それが図らずも最先端だったりする。
いつの時代にも似たような形の人っているもんなんですね。

彼の人生に比較するとケプラーの人生なんてもう

やっぱりサイエンスチャンネルなのですが、まともな科学者と言えるような、教壇で教鞭をとった傍ら云々……ってな人物は、意外ととんでもない末路をたどってたりします。
ケプラーは最後は旅の途中で病に倒れ行き倒れの無縁仏ですし、Sci-Fiの元祖ジューヌベルヌは甥の銃弾を喰らってから歩くのが不自由になりほぼ閉じこもり状態の老後でなくなる、DNAらせんの発見につながるレントゲン写真を撮っていたロザリンド・フランクリンは、ノーベル賞を撮った米国人の学者にその写真を盗まれてDNAらせんの模型を先に完成させられたあげくその後は病死、さらに彼の学者の伝記でコテンパンに無能な人物とこき下ろされるという。


レーウェンフックみたいな人生を送りたいですね。
無理っぽいですけども。